最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)1号 判決 1996年11月22日
仙台市若林区卸町東一丁目一番五二号
上告人
株式会社北研
右代表者代表取締役
細井竹治
右訴訟代理人弁護士
吉原省三
小松勉
松本操
三輪拓也
同弁理士
中村幹男
福井県武生市北府一丁目二番三八号
被上告人
株式会社ホクコン
右代表者代表取締役
三田村紘二
右訴訟代理人弁護士
雨宮定直
宮垣聡
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第二九三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年九月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人吉原省三、同小松勉、同松本操、同三輪拓也、同中村幹男の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件考案が進歩性を欠くとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)
(平成七年(行ツ)第一号 上告人 株式会社北研)
上告代理人吉原省三、同小松勉、同松本操、同三輪拓也、同中村幹男の上告理由
原判決は以下に述べるとおり最高裁判所の判例に違反し、また法令に違背して実用新案法第三条第二項の規定の適用を誤り、ひいては理由不備ないし理由齟齬の違法がある。
一、 本件実用新案登録第一六一七九八六号の実用新案登録請求の範囲
1 本件実用新案登録第一六一七九八六号の出願公告時の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「左右側壁部の両端上部間に水平耐力梁部を一体形成し、左右側壁部間下部を全面開放底部となし、現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合わせて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成されることを特徴とする勾配自在形プレキャストコンクリート側溝。」
2 原判決では、右の記載から本件考案の構成要件を分説し、次のとおりであるとした。
<1> 左右の側壁部を有すること
<2> 上記左右の側壁部の両端上部間に水平耐力梁を一体形成すること
<3> 左右側壁下部を全面開放部としたうえ、現場でこの全面底部にコンクリートを水路勾配に合わせて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端が断面箱形に構成されること
<4> 以上を特徴とする勾配自在形プレキャストコンクリート側溝であること
3 そして上記構成要件<1><3>は引用例A(昭和五〇年実用新案出願公開第一五一三六号)に、また構成要件<2>は引用例B(昭和一六年実用新案出願公告第二四八四号)に夫々示されており、本考案の構成は引用例A及びBに記載された考案から当業者であれば極めて容易に創案できる程度のものであると判断した。
4 しかし発明・考案の要旨の認定にあたっては「特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである。特許請求の範囲の記載が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」とされている(最高裁平成三年三月八日第二小法廷判決、民集四五巻三号一二三頁 昭和六二年(行ツ)第三号審決取消請求事件)。従って考案の構成要件を分説してその要旨の把握を行う場合は、特段の事情がない限り、実用新案登録請求の範囲の記載に従って行うことになる。
5 ところが、原判決は、本件考案の構成には道路脇等に設置されるような、水路として完成された態様が含まれないにも拘わらず、明細書の考案の効果等の記載では水路として完成された状態のものが想定されている等の理由を挙げて、これを含むものとしたために、上記の先例に反して、その構成要件を完成した水路として見た場合に把握される構成が、上記<1>乃至<4>の構成にあるとして、本件実用新案の要旨の認定を行った点に違法がある。なお、この他にも「現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合わせて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成される」との実用新案登録請求の範囲の記載があることもその理由として挙げているが、これについても水路として完成された態様を含むためのものでないことは、後に述べるとおりである。
二、 本件考案の構成
1 本件登録実用新案の考案の構成は、上記出願公告時の実用新案登録請求の範囲の正確な記載に従えば、本来次のような構成に分説される。
(イ)左右側壁部の両端上部間に水平耐力梁部を一体形成し、
(ロ-Ⅰ) 左右側壁部間下部を全面開放底部となし、
(ロ-Ⅱ) 現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合わせて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成される
(ハ)勾配自在形プレキャストコンクリート側溝。
2 上記構成のうち、(ハ)の考案の名称は、まさに本件考案の構成の特徴を集約した状態になっており、該コンクリート側溝は、底板の構成についてのみ、その勾配を自由につけることができる現場打ちの構成とし、それ以外の構成は、現場での作業性を考慮してプレキャストで形成される構成としたものである。そして本件考案では、道路脇等に実際に設置される前の態様の側溝の構成を対象としていることは、上記のように、わざわざ「プレキャスト」と考案の名称を規定したことからも明らかである。従って、本件考案の特徴を成す部分は、上記(イ)(ロ-Ⅰ)の構成であることがわかる。即ち水路勾配を自由に形成できるようにし且つより軽量化を図るために、下部全面開放部を設けるという構成と、更に下部全面開放部を設けることにしたことに基づいてその部分の強度向上を図らねばならないとの要請と、前述のように現場作業性を考慮してプレキャストで形成される構成としようとしたことに伴い、水平耐力梁部によって左右側壁と一体に形成するという構成とが本考案の特徴である。但し前記(ロ-Ⅱ)の構成は、上述のように、本件考案が実際の道路脇に設置される前の態様の側溝構成を対象としていることから、物理的に(物として)存在しない下部全面開放部について、無限定のままにしておくと本来の使用方法に基づく作用効果が必ず達せられるとは限らないので、後の現場作業時における使用方法を限定する(即ち後の現場打ち作業で底部打設コンクリートが設けられる予定である)という形で、(ロ-Ⅰ)の構成を更に限定したものである。
三、 引用例との比較
以上のような本件考案の構成の枠組みから、もう一度引用例との構成の比較を行うと、まず引用例Aの構成は、(イ)のような水平耐力梁部が始めから両側壁上部間に一体形成されておらず、また側壁以外は全て現場組立なので、その組立前から(ロ-Ⅰ)のような下部全面開放部の構成を備えているわけでもない。この点原判決では第七八頁第一二行目から第一三行目に「工事現場に行くまでは全面開放形状にしておいて現場で打設する」とし、また第八〇頁第二行目から第三行目に「工事現場で打設されるまでは底部は全面開放形状になっている」としているが、現場打ち前の態様で下部全面開放部が存在するわけではないのであるから、いずれも誤りである。更に引用例Bの構成は、(ロ-Ⅰ)の下部全面開放部の構成を備えていないし、(イ)の構成にしても、下部全面開放部の構成では所望の強度が得られないというために設けられた構成であるので、(ロ-Ⅰ)の構成を備えていることが前提となっており、この構成を備えていない以上、実質的には(イ)の構成も備えていないと言わねばならない。
四、 原判決の要旨の認定の誤り
原判決は、本件考案がプレキャストコンクリート側溝として道路脇等に実際に設置される前の態様の側溝構成を対象としているにも拘わらず、該構成が、道路脇等に設置されている状態の完成した水路の構成を有するものとみなして、地中に設置された状態の引用例Aの構成と比較し、更に比較例Bの構成を組み合わせて進歩性の判断を行ったことは失当である。従って本件考案について実用新案登録請求の範囲の記載に従った要旨の認定をせずに、本件考案の構成を、完成した水路の構成とみなして、構成要件<1>乃至<4>と引用例A及びBとの比較を行い、本件考案に進歩性がないとした原判決は破棄されるべきものであるので、上告に及んだ次第である。
以上